プロフィール

広島・北九州 WEB集客コンサルタント  和田 直樹

生まれながら借金2000万円の生活

私が、産まれる直前に父親が事業に失敗。

「借金2000万円」を抱えて父親が逃亡。

その借金の保証人になっていた母親が借金2000万円を肩代わりするハメに。

 

母親は、借金2000万円を返すために

毎日夜遅くまで働いていた。

私は、そんな母親の姿を見て、物心付く頃から

掃除・洗濯・食事の準備など母親が家でやっていた家事全般を5歳になったら

一人でできるようになっていた。

 

借金返済の為、お金がなかったので幼稚園・保育園に行くお金がなかったので

6歳まで同級生と関わり合いを持ったことは一度もない環境で育った。

 

何とか母親の期待に応えたい・お金を稼ぎたいと強く思った小学生時代

小学生に進学するようになり、同級生と関わり合いを持っていなかった私は

周りと中々馴染めることができなかった。

そんな私はイジメの対象に。

・運動靴に大量の画鋲が入っていたり

・いきなり後ろから突き飛ばされ転んだり

・体操服をわざと隠されたり

・給食に消しゴムのカスを入れられたり

泣きたい時もあった。

母親に相談しようと思った。

そしたら、夜中母親が一人涙を流していたので。

 

これまで母親の泣いている姿を見たことがなかった私は

衝撃を受けた。

 

そんな母親の姿を見ていたらとてもじゃないけど

相談できるような感じではなかった。

母親も苦しんでいるのだから、俺も負けていられない。

絶対に母親を幸せにするんだ。

小学4年生夏 覚悟を決めた日だった。

 

私の中で覚悟を決めたのだ。

・絶対に弱音を吐かない

・母親のために自分でお金を稼ぐ

ということを。

 

私は、お金を稼ぐための手段として新聞配達の仕事を早朝にやろうと

決意し

「働かせてください」とお願いしたが、全て門前払い。

何度お願いしても私を働かせてくれるところはなかった。

 

何としてでも、お金を稼ぎたい。

そう思いながら、外を歩いていると道端にまだまだ使えそうな扇風機を見つけた。

当時は、まだまだ使えそうなものでも、平気で道端に捨ててあった時代だった。

私は、まだまだ使える家電や雑貨を拾い集め、毎週土日に行われるフリーマーケットで販売するという

ビジネスを始めた。

 

しかし、そこでも苦悩の連続だった。

 

大人にも嫌がらせ・排除を受けながらも学んだこと